歌の出遅れ - 合唱の傾向と対策 2019年2月

■自分の出遅れに気づいた  先日、レコーダーを購入した。  合唱団の練習日、自分の歌い方の確認のため録音したところ、曲の出だし、休符の後の出など、あちらこちらで出遅れていることに気づいた。  自分では同じタイミングで合わせているつもりでいたが、周りの人より一瞬遅れて声を発している。まるで合っておらず、「縦の線の揃え」どころの話ではない。  これはいけない。出のタイミングの精度を上げるよう意識して練習し、翌週の練習日に臨んだ。  ところが、指導の松村 努先生から、「バスが遅れる。聞いて出るのではなく、指揮を見るように」と注意があった。目がこちらを向いていて、特に私への指摘である。この日の録音を聴き返すと、前週よりましだが、やはり遅れている。  遅れていることの自覚すら無い、ということだ。深刻な問題で、どうしてよいか途方に暮れ、合唱団引退も頭によぎった。 ■自宅録音で改めて確認した  自宅で、練習している曲(J.S.バッハ「マタイ受難曲」)の市販の演奏CDをスピーカーで再生し、それに自分が合わせるところを録音してみた。  演奏に合わせて、①手拍子を打つ、②旋律を口笛で吹く、③ラララで歌う、④歌詞を歌う、その4種類だ。  結果、①はCDに合っている。②、③も大丈夫、遅れていない。④歌詞を歌うと遅れる。  ①で合うのは、脳の命令と身体の実行のタイミングは正常ということだ。  反射機能や神経回路に問題が生じていて反応が遅れるのか、遅れを自覚できないのか、もはや合唱はできないか、と心配したが、その点は大丈夫ということだ。  ②、③で合うのは、口笛・声として音に出すところまで一応正常、ということである。一般論として音域が低いバスは音の立上りが遅い傾向だが、③のラララは許容範囲だ。  ④の歌詞になると遅れる、これはどういうことか。ドイツ語の歌詞、単語を発音すると遅れる。ドイツ語の発音が何らか壁になっている、ということだろう。 ■何とか修正できたかどうか  何が原因か、あれこれ考えながら対策し、練習すること1か月。ようやく出遅れが目立たぬ程度に修正できた。演奏会本番1か月前のことで、何とか間に合ったのは良かった。  出遅れは、原因がいくつも重なって生じていたと思う。 A) 出のタイミングが大雑把だった。精密に合わせる意識が不十分だった。 B) 歌詞を十分記憶していなかった。楽譜から目を離すことが出来ていなかった。 C) メガネの度が合わなくなっていて、楽譜の歌詞を一瞬で先読み出来なかった。 D) 語頭の子音の拍前発音ができずにずれこむ、語尾の子音の拍内発音が遅い、アクセ ント音節・語尾音節の伸び縮みが甘い、ブレスすることで遅れる、大きい音程跳躍の前に溜めを作って遅れる等々。素人のかなしさ、これらの要素一つひとつに引っかかり、ルバートしてしまっていた。 E) 言い訳になるが、バッハの曲はそもそも D の問題が目立ちやすくできている。  Eの目立ちやすさとは、例えば、第1曲は歌詞と旋律の関係で、ブレスが取りにくく、歌いにくい。オクターブの音程跳躍も随所にある。素人が遅れやすい要素が、あちこち地雷のようにあるのだ。第2曲のコラールも、レガートで歌うので語尾を切るタイミングが遅れやすい。といった具合だ。  結局、歌詞が口をついて出るまで練習した。メガネも2度作り替えた。オクターブ跳躍で溜めを作らない、ブレスの箇所を計画しておく、といった対策も行った。これらにより、余裕を持って指揮を見ることができるようになった。  中でも一番の対策になったのは、先手先手で、先に舌や唇の形を作って出の発音を待ち構えるようにしたことだ。裏を返せば、前の単語の語尾音節を的確なタイミングで切りあげ、伸ばしすぎないということだ。  だいぶ修正できたが、ちょっと気を抜くと、先生から「バス! 遅れまでではないが、立ち上がりが悪い。曲が前に流れないぞ」と指摘をもらう。  まだ完全でないものの、合わせるということへの意識が大いに変わった。縦の線の揃えは、合唱のアンサンブルの大事な要素であり、これを機会に改善できたのは良かった。  ヘボ合唱団員、遅まきながらの一歩前進である。 ■補足 語尾子音のタイミング  こんな水面下のもがきがあったが、バッハ「マタイ受難曲」演奏会を何とか終えた。が、先生は、この遅れを私だけでなく皆に共通する課題と考えていたようだ。  次の課題曲、ハイドン「四季」の練習が始まると同時に、音価が長めの箇所ごとに、子音を発音するタイミングの指導があった。  付点四分音符に Komm という言葉が乗っている箇所を例にすると、ハ分音符数えの3拍目のタイミングで子音[m]を発音する、という具合だ。これまでの自分のタイミングでは、同じ3拍目で母音を含め[ɔm] と発音していたので、母音をだいぶ早く切り上げて子音に移る感覚になる。  上述の原因 D の一つとして、「語尾の子音の拍内発音が遅い」と書いたが、このことの指導だ。  確かに、付点四分音符の音価ぎりぎりまで伸ばして子音[m]を発音すれば、[m]はごく短くなって聞こえるか聞こえないかだ。あるいは、次の語頭の子音発音にしわ寄せが行き、遅れ気味になる。早めのタイミングで母音を切り上げれば、子音[m]を響かせる時間が取れ、はっきりと[m] が聞こえるようになる。  改めて、ドイツ語圏の独唱者、合唱団の演奏CDを聴くと、なるほど、語尾子音のタイミングが早めで、子音の響く時間を取っている。それで自然なドイツ語に聞こえる。  この指導があって、私の出遅れ問題はかなり解消され、揃って歌うことができるようになった。