合唱の発声について考える(その2) 2016年4月 追記2018年8月

「合唱の発声について考える」(その1) を書いた後、引き続き発声の試行錯誤をしながら合唱を歌っている。前稿が長文になったので(その2)として、その後の考えを記したい。(2016年4月)  その後の自分の発声について追記した。(2018年8月) ■参考資料  前稿(その1)で「発声に関しては、全体を網羅してこれ1冊を読めばOK、という資料はないように思う」「イメージや感覚でなく、生理学的、物理学的に分析して具体的に述べてくれるとありがたいのに」などと愚痴をこぼしたのだが、そうした自分の願いをかなりの程度満たしてくれる本を最近見つけた。これまで出会った発声の参考書と比べても、一段先を示してくれている感があり、自分の発声にとって、エポックを画すことになりそうな本である。  クラシックの声楽に関心の高い耳鼻咽喉科医と声楽家(バリトン歌手)の共著で、歌の発声法と、声に関係するのどの病気について、写真・図版をまじえて具体的にわかりやすく書いている。 ・萩野仁志・後野仁彦「「医師」と「声楽家」が解き明かす発声のメカニズム~いまの発  声法であなたののどは大丈夫ですか~」音楽之友社 2004年 ■この本の内容  前稿の「共鳴腔のこと(1)」で、共鳴腔を広く使う方向が良いらしいが具体的にどうしたら広くできるのか、いろいろな指導があって迷う。「喉を開く」という言葉も今ひとつわからない。また、「呼吸のこと(2)」で、「声の支え」という言葉がやはりわからない、といったことを述べた。  この本の発声法は、その「喉を開く」や「声の支え」に基本を置いている。それぞれの概念を具体的に説明し、やり方を述べているので、よく理解できた。以下、内容の要点と思うことを自分なりにメモする。 ----------↓  声づくりの第一段階は、喉が広がった状態の感覚を覚えること。  喉を広げた発声とは、喉頭(のどぼとけ)が下がった、声帯のすぐ上の共鳴スペースが広がった発声である。喉を広げる発声法は、フースラーのアンザッツⅡ型(胸骨の最上端(左右の鎖骨の中間部分)に声を当てる)、Ⅵ型(うなじに当てる)に相当する。イタリア人的な、深みのある声、歌唱では丸い感じの声。口は縦に開く感じ。広がりのある声を出すことができ、しかも声帯に負担が少ない方法である。  これに対して、喉詰め発声、狭い喉の発声は、アンザッツⅠ型(声を前歯に当てる)に相当する。多くの日本人が会話や歌で普通に出す声で、浅く平たい印象の声。口は横に開く感じ。喉頭が高い位置になり、声帯の真上の空間は狭くなる。声帯に負担がかかる。  喉詰め発声から抜け出すには次の三点に注意すべき。 ①(声の当てどころを)アンザッツⅡの発声を参考にし、喉頭を下げた状態に保つ。 ②舌根を下げ気味にすることによって、喉頭蓋を開いた状態にする。 ③軟口蓋をつり上げ過ぎない。  第二段階は、横隔膜でしっかり支える呼気をマスターすること。  ただ喉を広げただけでは、芯のないような少しぼわっとした声になる。歌唱には、喉に力を入れない分、横隔膜でしっかり支える呼気が必要である。声を狭めて、喉に力を入れる「喉で歌う」歌い方は、往々にして自分の耳、主観には充実した声と聞こえるが、客観的に聞くとそれは違う。  支えのある声は、横隔膜で支えられた呼気であり、発声に伴い横隔膜がスルスル上がるのではなく、コントロールされながらゆっくり上がることによる。そのためには、吸気で上腹部(みぞおちからおへそ)が膨らんだ状態を保ちながら、少しずつ長く息を吐く、歌唱における腹式呼吸の練習をする。  「頭から声を出す」「声を顔に持ってくる」「頬を上げて微笑した顔で声を出す」という指導が従来あるが、注意深く取りかかる必要がある。  「頭から」「顔に」は、鼻腔共鳴を十分に使った響きある声を目指すものだが、往々にして喉頭が上がり狭くなってしまう。鼻腔共鳴は大事だが、直接意識して鼻腔に声を当てるより、むしろ声の当てどころをアンザッツⅡ型、Ⅵ型のようにし、喉の位置を低く保って声を出すことを優先する方が良い。結果として、喉頭から鼻腔の共鳴腔を広く確保できる。すなわち、廻り道のようだが、まず支えのある呼気で広がった喉を使って発声することをマスターした上で、「頭から」「顔に」の広がりのある声づくりをすべき。  「笑い顔発声」は、顔の筋肉は首の筋肉ともつながっているので、緊張させると喉も上がることになる。頬に力みのない方が、喉をリラックスして声を出すことができる。 ----------↑ ■自分の発声への応用  「喉を詰めない」「喉を開く」「頭から声を出す」「額に声を当てる」「腹で歌う」「腹式呼吸が大事」といった言葉は、それがどういうことかの説明がほとんど無いまま、発声の指導の場面でよく使われている。  この本は、耳鼻咽喉科医と声楽家の共著という強みを生かして、これらの言葉がどういう意味なのか、また、それぞれがどう関連するかを具体的に示してくれた。例えば、フースラーのアンザッツについても、喉頭を下げることと関連付けた説明があり、改めて理解することができた。  私にとっては、一連の概念のわからなさが解消された。また、それらの概念をバラバラに行うのではなく、関連を理解して統合的に行うべきということが納得できた。  また、このところの自分流で行っていた発声と矛盾せず、この方向で良かったのだ、という安心が得られたのもうれしい。この本の提唱する第一段階、第二段階、その先での声づくり、というプロセスを、自分も目標にして良いのではないかと思える。  このところの自分の発声について、少し説明する。  前稿「合唱の発声について考える」を書いてからも、引き続き発声について気にしながら合唱の練習をしてきたが、昨年田中信昭氏の著書を読み、東京混声合唱団の演奏を聞く経験があって、合唱の発声は、必ずしも独唱の発声を目指さなくて良い、むしろ切り替えるべき、と考えが吹っ切れた。合唱の発声の目的は、一人自分の声を響かせることでなく、まわりの声に合わせていくことなのだ。ヘボな自分も、ようやくそこにたどり着いたわけである。考えが転換して、変に頑張らず、余分な力が抜けるようになったようだ。  フースラーの「うたうこと ― 発声器官の肉体的特質」で、六つのアンザッツをどれも練習して使い分けるという記述を読み、いろいろやってみたが、私はバスパートで低域ということもあって、アンザッツⅡ型、胸骨の最上端(左右の鎖骨の中間部分)に当てるというのが割としっくりし、それを意識して歌うようになっていた。喉頭(のどぼとけ)を下げて共鳴腔を広くした喉を詰めない発声というのも、バスの中低域を喉まわりの力を抜いて発声することで、自然とそうなってきているようだ。そうするうちに、舌根が持ち上がる自分の欠点も解消されてきたようだ。  努力していろいろな発声を試して到達したというより、合唱バスで歌っているうちにだんだんそうなった自然体の発声、そんな感じだ。仮に私がテノールやソプラノであれば、高域を出しやすい、喉頭が上がった発声に自然となっていたのかもしれないが。  以前、大井哲也さんの指導にあった「口と同じ声量でヘソでも歌う感じで」という教えも、良いと思って意識してきたが、この本が言う「上腹部が膨らんだ状態を保つ」に通じると思われ、「横隔膜で支える呼気」にするための一方法と理解できて整合する。  だんだんとそのようになっていた自分流の発声だが、この本で述べている発声法そのものではないが、方向として齟齬はないようだ。著者の後野仁彦氏がバリトン歌手で、自分が近い声域であることも、合うと感じる理由かもしれない。  しばらくは、この本の発声法を試して行こうと考えている。 ■その後のこと(2018年8月)  この記事を書いて2年経過した。記事で紹介した萩野・後野両氏の本の内容を頭に置きながら、この間合唱を続けてきた。  というか、頭に置きつつ、自然体の発声で行こうという気持ちで、ことさら何か新しいことは試みずにしてきた。したがって、発声に進展があったかというと特に無く、むしろ停滞していた。  ところが、つい最近、進展のきっかけになるできごとがあった。  先月(2018年7月)末の合唱団の練習中、指導の松村 努先生から、私の発声について個別の指導があったのだ。  「個人レッスンになってしまうけれど」との前置きで、「下唇を内側にすぼめるようにして歌っているが、外側に出すように開いた方が声が活きる」「すぼめると音程も下がって良くない」「鏡を見ながら、下の前歯が見えるようにして歌う練習をしなさい」と。  確かに、下唇をすぼめずに外に開くと、こもった音色からストレートな音色になり、前に出る音になる。音程も変わる。  全体練習中、私一人に時間を割いての指導で身の縮む思いだったが、大変ありがたい。指導が具体的だったので、その後の自宅練習ですぐに修正できた。  改めて分析すると、長い音価でア音を発声する時、下唇を内側にすぼめて下の前歯を覆うようにし、口の開きを狭くする癖があった。下唇は緊張して力が入っていた。オ音も時によって同じことをしていた。ウ音は口唇を突き出すし、イ音・エ音も口唇を突き出して横に引かないようにして発声してきたので、その癖を免れていた。  内側にすぼめて加工した声にすることが発声の良い方向、と思っていた面がある。下唇を外側に開いた発声は野放図の天然状態、という思いがあったのだ。頭・額に向けて声を出すべき、という意識も残っていた。独唱でなく合唱なのだから、一人自分の声を突出させず、周囲に溶け込む発声にしよう、という気持ちも背後にあった。  客観的には、母音によって口唇の形を不必要に変えて、こもった発声にしていた。また、それに伴って下がる音程を調整しようとして、不安定な音程にしていた。ということだったと思う。  下唇を緊張させず自然に開き、母音によって変えずに同じポジションで安定させて発声する方が合理的だし、鏡で見ても無理が無い。結果もやはり良いようだ。  改めて手元の参考資料を見返してみると、どの本も口唇の形についてはほとんど言及が無いが、萩野・後野両氏の本には少し記述があった。要約すると次の内容だ。 ・下唇は歯から少し離して、めくる感じで使ったほうが良い結果が生まれる。子音を しっかりと発音できる。母音も、必ず下唇を少し前に下あごは少し後ろにする。下 唇と下あごの動きを独立させて使えるようにする。 短い記述だが、これは見逃してはいけなかったのだ。  発声については、自分なりに工夫してやってきたが、方向はこれで良いのだろうか、という思いはずっとあった。やはり方向が逸れていた。先達はあらまほしきこと、自分流は危うい、ということだ。  今回、修正してもらったことは大きな価値がある。発声の何年分かの大進歩になりそうだ。  先生、もっと早く言ってくれれば良かったのに!